● 今日は日記というよりも、完全なる昔話だけを書きます。
● 幼稚園のころからプラモデルが好きで、そのときどきのブームに左右されながら色んなものを作ってきましたが、小学校高学年と言えば何と言ってもスーパーカーブームでした。最初の頃は、なんとなく「クルマ」を作ろうという事で、コードの結線がいらず、金具を組み合わせてモーターとスイッチを組み込むニチモのカーモデルもいくつか作りましたが、車種は「サバンナ」とか「セリカ」とか国産車で、納得がいったのは「フェアレディZ」と「トヨタ2000GT」くらいでした。しかも、走らせる時にギア音がうるさい上に、遅い!!そこに革命が起きるのです。
● ブームのきっかけになった漫画「サーキットの狼」の版権絵がついた日東の「サーキットの狼」シリーズの登場です!!これは衝撃でした。リード線を繋ぐ手間は掛かるけれど、何と言ってもオフィシャル!しかも、劇中仕様のカラーリングをベースにした成形色!もっとも、当時のキットはスケールも曖昧(おそらく1/28くらい)な不思議なサイズだったし、インテリアなんかテキトーなシロモノ。でも、こちとらモーターで走らせる事が主軸なので全然平気でした。何しろニチモのプラモより、走らせれば断然早い!次第に、デフォルトの130モーターじゃ飽き足らなくなって、140モーターに乗せ換える(馬鹿みたいに速く走る)のが個人的ブームになりました。シャーシにハンダゴテ(当時はホットナイフとかいうものはなかった)で穴を空けて、デカいサイズの140モーターを埋め込むのに腐心したものです。当然、塗装なんかしません!!そういう意味では、プラモデルというよりは、組み立て式のオモチャ、という感覚だったんです。
● そこに変化が訪れるのが中学に入った頃。マルイから、いまや伝説にもなっている「ランボルギーニカウンタックLP400」(箱にはLP500と書いてあったけど、小学生が見てもLP400であることはわかった)のキットが登場するんです。こちらはモーター走行はするものの、スケールは1/24。インテリアも実車を再現していて、あの独特のドアの開閉機構まで再現されていました。痺れました。難易度はあがりましたが、その頃にはなんとか組み立てられる程度のスキルには達していたので、手に負えないというほどの事もありませんでした(仕上がりは汚かった記憶があるけど満足しました)。オモチャからホビーへ。これで開眼した感覚がありました。さらに1年もしないうちに今度は、タミヤから1/24のマルティニカラーのポルシェ935が発売されました。組み立て説明図、成型色、プラの材質、それからディティール。全てが「サーキットの狼」シリーズと比較したらとんでもなくリッチなムード。オマケに「スピード競技用」と書かれていて(どこでそんな競技が当時行われていたのか謎でした?)140モーターがデフォルトなんです!!なんとなく、時代の流れもスーパーカーブームから本格的なレースブームへと移り変わりつつあったというタイミング(むしろ、タミヤのこのシリーズがレースブームを牽引したともいえます)でしたから、自分だけでなくプラモ野郎はみんなそっちの方面に流れました。第2弾の「ランチアストラトス」のラリー仕様もとんでもなくカッコ良かったのです。タミヤ万歳!!タミヤ最高!もはや宗教に近い熱狂だったとおもいます。何しろ、中学生だった自分はプラモによりのめり込みつつ、それ以降「タミヤ以外のキット」を作ることに恐怖を感じるほどになっていったわけですから。
● 前置きが長くなりすぎました。そんな中でタミヤはF1シリーズ「1/20 グランプリコレクション」を展開し出すのです。そのスタートはこれまた時代とドンピシャ!1976年に子ども含め、みんなが熱狂した、あの6輪F1カー、タイレルP34!その精巧なスケールモデルでした!自分のプラモ人生の一つのターニングポイント。それが、タミヤのF1モデルなんです。もちろん、まだ塗装に手を染めるちょっと前の時代でしたが、完成した時には無塗装でありながら、とんでもないものを組み立ててしまった!という充実感だけはありました。今思えば、相当ぼろぼろな出来だったとは思うんですけれど。そんなわけで、あの頃のリベンジとして、久しぶりに往年のF1モデルを、きちんと塗装して作ってみたい!という考えに至ったわけです。
● 選んだのは、もちろん、その旧金型をマイナーチェンジさせた「タイレルP34」!!もう、エンジンを組み始めた時点で、なんともいえない気分になりました。おかげで、日記でこんな長文を書いてしまう羽目になったくらいです。
● 今日は疲れたのでここまで!!