● 病み上がりのオレへのプレゼント!待ちに待ったNECAのKAIJUが届きました。ナイフヘッドと、アックスヘッド。なんか、今度のナイフヘッド(流血バージョン)、新造型とは知っていましたが、ここまでサイズが違うとは!!(旧verとの比較)インフルもふきとぶ、このデカさ。

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● 旧版ナイフヘッドが箱玩に見えて来るど迫力。各部のボリュームの把握の仕方も全然違う。でも、旧バージョンの方にあるアニメ的なカッコ良さも捨て難いとは思うんだよなー。好みの問題だと思いました。

● 昨日書いた、Webでのテキストとは?の続きをまたちょっと考えた。そもそも、ページの更新や、スクロールがわずらわしいため、ファーストビューに表示される(モニタが小さければ、それだけ読める文字数も減る)分量が勝負、というのは先日書いた通り。より身近なセンテンスで、大意を伝えない限り、相手に的確に届ける事が難しいのが「現状のWebによる読み物」の宿命だとオレは思ってます。そのためにはやはり、紙媒体で「お手本」と言われる構成を見直さないといけないのかな?とも思うのです。文章冒頭に「効果的なフック」を置いて、「導入」から「見出しとしての結論」「論旨」「展開」「もういちど結論」というような、典型的「論文」の構成だと、ストロークが長過ぎて役に立たないからですね。

● とはいえ、昨日書いた「キャッチコピー的な」というシロモノだと、やっぱり何も伝わらない(いや、誤解を与える確立が上がる)ということになるので、あくまで塩梅の問題だとは思います。「削ぎ落とす事は必須」という事でしょうか?もともと、Webでのテキストの可能性については、90年代のWeb創設期から「HyperText」という考え方が取り上げられていました。表示されるテキストの他に、関連づけられるテキストが単語、文脈ごとにリンクされているという、まあ「立体的なテキスト」が可能になる、と信じられて来たわけですね。例を挙げれば「こういう事」です。でも、これってそんなに活用されてんですかね?実際、上手く勝つよう出来てるのって「はてなダイアリー」と「Wikipedia」くらいじゃないんですかね?ニコニコ大百科とかの、自動生成されるハイパーリンクにげんなりしているのも現実なんですよね。Web2.0とか、フラットデザイン言われて、そこで表現されるモノがいかに変わったか知らないけど、伝える手段である「テキスト」にこそ、2.0、いや3.0レベルの革新があるべきなんじゃないですかね?(オレはといえば、相変わらずダラダラ文字を書いてる有様なので、真剣に考えるならまずこの日記をなんとかしなくちゃならないわけですが)

● Webといえば、「YouTuber」って聞いた事あります?まあ、なんだ、YouTube版の「生主(なまぬし)」みたいなもんですよ。YouTubeで動画を発信して、そのアフェリエイトやYouTubeパートナープログラムからのインセンティブで収入を得るというアレ。(例えば、こういう人とか、こういう人。個人的には気持ち悪いので動画表示リンクは貼りません)オレ、観てみてすごく気持ち悪かったんですけど、どうなんですかね?何がイヤって、一方通行の動画なのに、まるで視聴者に語りかけて来るかのようなあの口ぶりと、目線(ノД`)。ほんと、申し訳ないけど、よっぽどのナルシストでないと、あれ無理ですよ。最近、岡田斗司夫さんもはじめたと聞いたので観てみたら・・・、全く同じなんですよ。ラストの、あのカメラ目線の呼びかけ。誰かスタッフで客観的に「それ、気持ち悪いですよ」って言ってあげる人はいないのかな?

● 動画配信について、真剣にここ数ヶ月模索してるので、個人的には良き「反面教師」として役立たせたいとは思ってます。