● 本日、ケータリングで寿司職人さんがやってくる寿司パーティーに参加しました(正確には、これまでバイトで来てもらってた大学生の卒業パーティー)。人数的にも10名程度の規模がベストでしたね。寿司カウンター前をみんなど取り囲んで、握り終わったらもりあがりつつ、みんなでつまむ!それ以上の「団体さん」になると、寿司までの距離が遠くなって、寿司が乾いて、ってなんか「よくある立食パーティー」になっちゃうんですよね。ケータリングで寿司って、マジいいわー。美味いし、LIVE感あるし。
● 毎月卒業パーティーあればいいのに。
● 寿司で思い出した。「笑っていいとも」のスタッフ内スラングで「寿司」っていう言葉があります(ました)。詳しくは書かないけど「ピンチ」の状態を言うんです。ピンチのときは「寿司」でもとって、おちつこうぜ!と、いう事で、実際にオレはそんな状況になった事はないんですが(笑)まあ、テレビ業界的な「景気のよさそうな、楽天的な」オモシロ風習だと思ってます。そんな「いいとも」も今月で終了〜ってことで、なんか駆け込み気味に「いいとも」「タモリ」関連の書籍やムックの発売が相次いでますね。基本、内容は過去テキストのまとめっぽい作りのようなんだけど、この「まとめなんとか系」ってWebだけじゃないんだなー、流行りというか、イマドキというか、キュレーション(笑)?確かに散らばったもろもろをまとめて読めるっていう利点はあるんだけど、「キュレーション」されてなくねえ?(意にそった編集、という意味であれば善し悪しはともかく「まとめサイト」の方が手間かかってるというか・・・)
● いくつか「いいとも関連」のテキスト読んだけど(ちなみに、最近出た洋泉社「タモリ読本」は未読)、結局しっくりきたのは放送作家の高橋秀樹さんのと、B&Bの島田洋七さんのものくらいかなあ。ある種、現場に近い人たちなので、目線が似てるという事なんだろうか?もっとも、「いいとも」のディレクターや作家してたって人でも、時代が違うと、まるで解釈が納得いかないんだよなー。芸能とカルチャー取り違えてんじゃねえの?とか、タモリさんを「お笑い」のジャンルに入れちゃうようなカテゴライズとか。特に、外野ライターさんからの推察込みの分析は、内情とのギャップが多過ぎたりとかが顕著。文芸、マンガあたりではプロのライターさんたちが当たり前のように調べて執筆されてるようなレベルがあるのに、テレビ、タレントの事になると、みんな憶測と思い込みで書いててがっかりする事が多いです。やっぱり「テレビ、芸能」っていうのは、論じる人がいない、または、論じる必要性(ニーズ)がないものなのかな。あ、テレビや芸能の事って、マジ語りすると「すげー野暮になるな」という事なのかもしれない。正直言うと、水道橋博士が雑誌連載やテレビ番組でやってる芸人論を突破口にしたテレビ論、も面白いんですけど、やっぱり制作側とは温度差があると感じてるんです。例えばタモリさん個人に寄せて行くとだんだんロマンチックすぎる方向にいっちゃったりとか・・・。
● 放送業界の話と言えば、今日、Twitterでちょっと賑わしていたラジオ番組アプリの話。radikoという、スマホでラジオ聴けるアプリがあるわけですが、業界なら当たり前のように「聴取区域の制限」がかかってるわけです(関西では関東の番組は聴けないし、東京で地方局の番組は聴けない)。それが、今後、有料なら聴けるようになりますよ!という発表があった。良い話じゃないですか!そもそも、電波免許の問題、地方局とキー局の番組販売の問題、著作権上の問題などなど、いくつもの理由があって、これまで地域制限という措置があったのですが、そのあたりはリスナーには関係ねえ!というわけですね。で、radikoとよく似たrazikoというアプリでは区域解除して全国の放送が聴けちゃうという仕様になって広まってる。リスナーは「YES!本家よりいいじゃん」って事で大歓迎なわけです。razikoって、基本は無料とはいえ、課金で録音機能を増やしたり、広告収入得たりもしてる商用アプリなので、「番組」という著作権物を流用してる時点で問題なんじゃねえの?と思うんですよ(ざっくりいえば、違法マンガアップロードサイトと似たようなものなんだけどな)。こういうの「放送局の都合優先するな!ユーザー目線に立て」ってロジックだけで全面肯定しちゃっていいもんなんですかねえ?と、オレは放送業界の内側から思うのでした。

