● 今日、目に止まった記事で、イベントなんかでもお世話になっているライターの多根清史さんが書いていた「おそ松さん:きょう最終回 大ブレークの理由は?」というのがありました。記事の骨子として「パロディ」「声優」そして「コント番組としての側面」という感じなんですが、この「コント」が気になりました。なるほど、そういう切り込み方もあるのか、さすが、と感心しつつ、やっぱり引っかかる「コント」。そもそも論ですけど、「コント」という言葉については、コントを書いていた側からすると違和感バリバリなんですね。多分、コントについて考えたことがないであろう人には問題ないのかもしれないけど。おかしな例えだけど、メガドラやプレステのゲームを「ファミコンゲーム」として説明されている感。「艦これ」を「ソシャゲ」の分類で説明されている感といえばどうか?当事者以外には細かいことなんでしょうけど、当事者にとっては、割と「ん?」って思う箇所でもあるんです。

● また、そもそもがコントって少人数で行われることが基本で(なぜなら、喜劇の簡略系だから)、さらに構造として「フリ役」の無茶な要求に対応していく(演芸用語ではコナシ役と言う)、やり取りのおかしさを基本としている演芸スタイルのことだからです。記事中では、コントの代表格として「ドリフ」をあげていたけれども、あれはコントとしてはかなり異質な部類に入るものなので(他に類するスタイルの番組が思いつかないレベル)、コントの構造の例えとしてはかなり例が悪いんです。どっちかというと、上記の意味においては、おぎやはぎ、サンドイッチマン、劇団ひとりといった芸人や、M1とかTHE MANZAI(登場する芸人の半分以上が披露しているのはマンザイ形式のコント)を例に出すべきなんですけど、それだと「ドリフ」とも「おそ松さん」とも構造が違っちゃう。要するに「おそ松さん」は「コントではない」んです。脚本家に松原秀が入っているあたりをさして、バラエティ的というならともかく。

● と、いうような大前提の部分でブレがあるので、「なので、コントというフォーマットを使った『おそ松さん』は強いのだ(大意)」というような結論に結びつけるのはアクロバットすぎるんじゃないかな、と感じるんですね。ドリフのようだから面白いんだ、という理屈ならギリ理解できるけど、それがヒットの要因と言われると「ドリフ的なものが流行っていない今」納得しがたい部分もあるわけです。単に「コント」という単語を消して「バラエティ番組的な」とした方が収まりは良いと思うんですが、確かにそれだと、これまで各所で書かれてきた話と同じになっちゃうからなあ・・・。わかりやすそうで、ユニークな切り口をキープしつつ、決めたゴールへ突き進むのは難しいよなあ、という話でした。

● ほおう、日本でのリリースも発表になりましたか!スター・ウォーズ/フォースの覚醒のBlu-ray は5月4日ですって!!